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Germanistik, Philosophie(Aufklärung, Phänomenologie, Logik), Biologie, Musik und Kunst

Cloud Pattern Ruler 1

 

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from Ludwig Goldscheider's book about Michelagelo


 本庄まな子は、好きな科目は図画工作という、ありふれた子供時代を過ごした。決して器用だったわけはなく、また画才があったわけでもない。特別に訓練を受けたわけではないから、デッサンは崩れるし、スケッチには無駄な線が多く、遠近感や比率は歪んでいた。それは子供に広く見られる自然なことだ。糊付けは僅かとはいえはみ出、鋏の断面はささくれがある。組み立ては多少無理があり、脆い細工が完成をいつまでも先延ばしにする。

 それでも、彼女に際立っていたのは、完成を待たない態度とでもいうべき忍耐だった。そして色彩感覚には瞠目すべきものがあり、抽象的であればあるほど、彼女の作品は優れたものになった。粘土を捏ね回し、最後に時間切れで残された塊を彼女はいくらか寂しげに見つめていたのだが、私の目にはミケランジェロの大胆な敬虔さすら、そこに認めることができた。そのアンフォルメルなフォルム、今にもそこから抜け出そうという力、崩れた均衡、あるいは重責を抱え合う小さなものどもの癒合。よく見ると、彼女の掌の細かなしわが、その表層に刻印されていた。

 授業が終わってもなお、手に絵の具や糊、粘土、色々な残り物が彼女を想像の続きに立ち返らせた。図工は算数の前の時間で、台形の面積を求めるよりも、シンプルに曲線が躍る形を、繰り返しノートに書き出していた。彼女は窓際の席で、うっとりと空を眺め、紫に煌く雲の端を、重ね書きされた黒鉛の艶で再現しようと試みていた。3Bの鉛筆はどんどん短くなっていった。そして方眼ノートはついにその役割を果たすことなく、曲線に支配されて使い尽くされた。

 テストの成績は不思議と悪くなかったので、算数の授業はそうやっていつもすぎていった。コンパスや定規ではなく、彼女は裁縫道具箱から譲り受けた雲型定規を手にし、移り変わる光を思い描いていた。

 そうしてまな子は会社を辞め、果たして写真家として独り立ちするだろうという26歳の春、一人の女を殺すことになった。

 

 

 2003年の年の瀬。私は彼女に初めて会った。約束はメールで交わしていた。1万5000円で割り切りということのようだった。場所はどこにでもあるような郊外のモーテルだった。彼女はどうやってきたのか知らないが、ウールのロングコートにサンダルというチグハグな格好だった。髪はといただけという風で、薄暗かったので確かとはいえないが、化粧もリップを塗っていた程度だった。顔立ちは覚えがない。印象はぼやけている。都合されていた2時間は、ピザを頬張りながらいくらか言葉を交わしているうちに過ぎていった。マリオカートを少しした。彼女も私も下手くそで、すぐに飽きた。

 手に触れることもなかったはずだ。暗い性格だった。話していることが笑えるようなことでも、笑顔を浮かべることはなかったように思う。とはいえ、堅苦しい思いをしたわけでもなく、彼女はむしろずっと微笑んでいたのではないかと思う。

 私は代金は全て出して、送っていくことも提案したが、彼女は断ったので合わせて2万5000円を渡した。タクシーで帰るよう言ったはずだ。

 それでなぜ彼女がその時間にそこにいたのか、私にはわからない。私にわかることはなにもない。たった一回、道端ですれ違ったのと変わらないような関係を結んだだけだ。にも関わらず、確かに私は1人の証人としてここにいるわけで、その意味を考え続けている。なにを話したのか思い出せない。そもそも彼女と同じ時間を過ごしたと思えない。私はなぜ約束を結んだのかも思い出せない。

 第一、その約束は実際にあった日の半年も前に結ばれたはずだった。それが延ばし延ばしになって、年の瀬にずれ込んだ。その間に私は忘れかけていた。だが彼女は連絡をよこしてきて、何回か調整して会うことになった。目的はわからなかった。わからなかったけれども、場所を言ったら拒否しなかったので、そういうことでいいと思ったわけだが、そうでなくともよかった。そして私は単にこの謎に直面するためだけに、その約束を果たすことになったようだった。

 その後彼女は殺された。殺したのは全く見知らぬ写真家の女だったと聞いている。私はそのどちらの人間についても、結局何も知らない。裁判記録も結局は読んでいない。加えていえば、新聞報道を辿ったり、面会に行ったりもしていない。私は一切を切り離していた。

 にも関わらず、ここに私は証人としている。だがなんの証人なんだろうか。

 一つ聞いていいでしょうか、私は、何を見たのか、何を聞いたのか、誰と会っていたのか教えてくれないでしょうか。

 

 

(続く)