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Germanistik, Philosophie(Aufklärung, Phänomenologie, Logik), Biologie, Musik und Kunst

Mémoire du sommeil 6

7. April - 13. April 2020

 

 

3】アンソール・マスカラード 仮面変奏: ベルギー象徴派の神秘・幻想 ...

 

日々の記録をつけることの虚しさに打ち勝つことはできない。そもそも虚しさに打ち消すことなどできない。だからお前たちの吐く言葉を否定することに、私は疲れてしまった。お前たちの存在を否定する毎に、私は自ら咥えた銃で、ズドンと撃ち抜きたいと思った。雷が硫黄と煤塵を青く染めるように、神の拳がこの泡立つ口蓋を貫く。

カーテンの隙間から漏れる光に映える埃、あるいは蠅のごとき死への欲動。何ら魅力のない奴らが、影となって目を眩ませ、響きとなって人間、すなわち吊り下がった肉の塊をペチペチと打ち鳴らす。滑稽な音楽が恐怖に反転するのは、いよいよ笑みを忘れたシャーマンの槍先が閃いた時、その切先が薄い脂質の膜を引き裂かんとする時。

月夜茸の泡立つペーストが、岩だらけの海岸を覆い、呪う言葉を胸底で繰り返すしかなかった悲しみに、臨死の口寄せは自らの魂を招き、器官なきカルノー永久機関で魂は準静的な変換を続け、千差万別の獣を生み出し続ける。ああ、その獣が奴らを食い尽くしてくれる日を待とう。そして今、王が帰還した。無数の王が。

この母体、この媒介変数、この重回帰分析。汚染された地図、その裏側。いずれで汚染されているのか、もはやわからないほど塗り潰された地図。私は息を荒くし分水嶺に立った。そして卒倒した。私は今やどちらへ流れているのかわからない。私がどのRNAとtransactionされているのか、もはやわからない。ドラムはtam-tamならされる。

たかる蛇のようにエフェクターをうねらせ、無人のハウスで万歳のピッチを甲高く引き揚げよう。男たちの歯を抜き去り、奴らの黒塗りのメルセデスをスクラップしてしまおう。私たちに必要なのは、奴らの流す涙、そして血と歯、絶叫、不要なのは腐敗した言葉、腐敗させる眼差し、気色悪い映像と金臭いガーゼ。売り捌こう、買い叩こう、市場を潰し、価格を踊る犬っころに食わせちまおう。ポリ公も腹を空かせれば、何でも食うだろうに。

 

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身体が震えることが続いた。良いことにも悪いことにも、私の身体はよく震える。そしてそんな日の夜は、安眠が妨げられる。私の眠りは中途で絶え、まだ陽が昇る前にひえきった四肢に、幾分かの鈍重さを感じながら右に左に上体を捻って起き上がる。うんざりした気分でいっぱいで、何にうんざりしているのかもわからないまま、息苦しかった夢を反芻しながら鏡の前に立ち、顔を洗う。水の冷たさは即座に忘れてしまう。身体は却って火照り、鼻と眼球の奥に厭なものを感じる。そのまま何かの塊が目の裏から、鼻道を抜けてごっそりと落ちてくるのではないかと思える。苛性ソーダでかき混ぜられた夢の鮮やかさに染められ、眼窩前頭前野が今にも溶け出すように感じられる。歯磨きをしているはずが、私は嘔吐していた。いや、単なる空嘔吐だった。それでも私は、ぷねうまを失う。とても正気でいられない。視界が突如暗転する。慌てて顔を上げ、鏡を見れば、左目を開ければ右半分が抉られ消え、右目を開ければ左半分が抉られ消え、両目で見ればそこに頸はなかった。

 

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youtu.be

 

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思い出すのは何年も前のことばかりではない。けれども何年も前のことに囚われる時には、必死に怒りを堪えている。どうしてそんなものが掘り起こされる必要があるのか。緊張が全身に走る。それは不条理でしかない。私は直面し続ける、そしてし続けてきた。黒い波を、声を、何もかもがごちゃ混ぜになったパレットのように、巨大建築の前に掲げられたプレートの数々が、結び合わされていく。いよいよ戴冠されたるは、万世一系でも世襲でもなく、まして愛溢れる狂人でもなく、超越者であり、変異種である。

拳を掲げなければならない時が来ている。

声を上げなければならない時が来ている。

生存者となることなく、私たちは生き続けることを求めているのだ。

お前たちを失ったことを、決して忘れることはないと約束したのだから。

明日は二度とやってこない。そして、とても悲しいものとなるだろう。

お前は知らないかもしれないが、それはもうそこにいる。 

 

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眠りは浅い。それでも夢は見続ける。明晰な夢であったとしても、それは夢だが、見通すことのできない現実こそが、やはり現実である。私は死ぬ。生存することはない。賭けに勝とうが報酬はない。そうしてこの日を、次の日を、十年後を過ごそう。

それがいつもの通りの一日であったとしても、屈強な門番たちの葬式を破壊しにいかざるをえないかもしれない、犬の虐殺に茫然とせねばならないかもしれない、レンチを持って道を闊歩し、いよいよ人参一本奪いにいかねばならないかもしれない、骨を積み上げて独裁者の塑像を造設せねばならないことすらあるかもしれない。そして最後には、血文字で愛を綴る必要すらあるかもしれないのだ。