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Germanistik, Philosophie(Kantianismus, Phänomenologie, Logik), Bioinformatik, Musik und Kunst

analogy in science

どのような隠喩のもとで対象を捉えるのか、ということが科学的探究に際しても方針を与えることがある。隠喩というのは実に強力な言語上の道具であって、人間の身体運動の制御や、聴覚能力そのものにまでも影響を与える。隠喩は知覚や行為に与えられる一種のパラダイムなのだ。

もし隠喩なしで生きようと思えば、実に困難な正確さへの妄執につかれることになるのである。隠喩はある種の曖昧さを許容し、非単調な認知を可能にする。そうすることで初めて私たちは、歩行器なしで独立独歩できる思考能力を手に入れることができる。

多義性はまるで対象をつかみどころのないものにしてしまうと思う人もいるかもしれない。しかし実際は逆である。一義的にしようとすればするほど、対象は逃れ去っていくのである。ブルーメンベルクは適切にも次のように述べている。

Der aus seiner Eindeutigkeit als einem Resultat historisch gewordener Abgrenzungen und Konventionen herausgerissene und gleichsam experimentell in neue Beleuchtungsverhältnisse gerückte Gegenstand muß nun daraufhin befragt werden, welche Veranlassung in ihm selbst und in seinen geschichtlichen Konstellationen liegt, solcher Verflüssigung und Polysemie überhaupt fähig zu sein. Disposition zur Vieldeutigkeit ist immer auch etwas an der Sache selbst.

Hans Blumenberg: Wirklichkeitsbegriff und Wirkungspotantial des Mythos. S.328-329.

だからといって、確かに議論のうえで適切な定義や意味の規定は不可欠に見える。だが、それであっても隠喩というのは決して消し去ることのできない力を持っているのである。

脳の研究においてもこのことは妥当である。『ネイチャー』に掲載されたStephen Casperのブックレビューは、簡潔にこのことを述べている。

 

www.nature.com

Matthew Cobbの新刊The Idea of the Brain: A Historyは、デカルト以降の時代を主に、身体や脳がどのように研究され、イメージされてきたかについてのインテレクチュアル・ヒストリーを描き出している。評者は次ののように述べている。

 Cobb also eloquently shows how figurative language does much more than simply distil or give shape to complex, intangible subjects. Metaphors change how science is done, by licensing new interpretations or inspiring new experiments.

 その上で、評者は脳のイメージが既に長きにわたって固定化されてしまい、そのことが一種の行き詰まりをもたらしているのではないかと指摘している。

We can’t stop using metaphors. Scientists depend on figurative language to organize and communicate thoughts and ideas. But whether the neurosciences can get closer to a compelling idea of the brain in the decades ahead might depend on a full reckoning of the role of metaphors.

 例えば比喩という意味では、根拠に欠く差別的な区別である女性脳と男性脳とか、あるいは人種主義的な脳のイメージというものが未だに残存していることが問題視されている。こうしたイメージは歴史的に見れば、言語処理が局在している、左半球優位の前頭葉や下前頭回、上前頭回などを一括して「ブローカ野」と呼ぶが、その名前の由来となったブローカこそがイデオロギー的に考案したのだった。それはつまり、高度な言語処理にこそ人間の高度な精神的作用があると彼が仮定していたからである。

 

こうした議論を振り返る時、2017年に書かれたこのDissertationも実に参考になる。

André Karliczek: Modelle des Lebendigen

また、Stefan Höppnerの2017年の著書Natur / Poesieでも、ヘルダーのアナロジー的思考を継承したロマン主義自然科学について詳細かつ広範にわたる検討がなされている

Hoeppner, S: Natur / Poesie

これらについてはまた機会を改めて紹介したいと思う。