今年の十冊のような企画を自分なりに実践することはほとんどないのだが、色々覚えておきたいことも多いので、簡単にメモを残しておくつもりで、今年出会ったたくさんの本の中から日本語・翻訳10タイトル、外国語10タイトルだけ選ぶことにする。そしてコメントも一部だけするが、それは作業量が多くなりすぎるのを避けるためであって、何ら優劣を示すものではない。
ただし10タイトルの選考基準として、ただその本が優れているという漠然とした評価や、自分の研究との関連性の大きさによるのではなく、幅広い読者がターゲットになりうるため広く読まれてほしいと感じた本に絞っている。とはいえもちろん自分の研究や趣味に偏るとしても、それを隠すつもりはない。
また、私は今年出版された本に限定するわけでもない。だから逆に新しい本をフォローしきれていないために、あれが入っていないこれが入っていないという印象を抱かせる可能性もあるが、そもそも10タイトルであるし、今年「出会った」という点をご理解いただければと思う。
あるいは、「出会った」のなかには「再会」も含まれる。改めて読み直してその素晴らしさにもう一度気づいた、などの理由から選んだものもある。そして古典でスタンダードなテクストが確定している場合は、出版年や出版社を省略する。
最後に、これら10タイトルに序列はないし、選ばなかった本との間にも序列はない。明確につまらないという本、素晴らしいという本というのはあるが、素晴らしい本のなかにある序列を明示するためにこの選書を試みるわけでもない。
長い断りになってしまったが、早速始めよう。
まずざっと一覧を提示すると以下のようになる。
日本語・翻訳
エヴァ・ヤブロンカ/ シモーナ・ギンズバーグ著、鈴木大地訳『動物意識の誕生』上・下巻、勁草書房、2021年。
出る前から楽しみにしていて、手に取った時には実際楽しかった。まず表紙や合間合間の挿絵が綺麗で楽しい。有機体論の哲学史、意識や心をめぐる哲学、進化生物学、計算論的神経科学など多岐にわたる「意識」に関する思想を一つずつ洗っていき、彼女たちの見解まで一歩ずつ迫っていく読書経験は、それ自体が大きな満足をもたらしてくれるに違いない。上下巻は長くないし、トピックの豊富さからすれば実際もっと長くてもいいくらいかもしれないが、自分自身ぎゅっと詰め込んだものが好きなので、これでいい。大変勉強になりました。
金子邦彦著『普遍生物学:物理に宿る生命、生命の紡ぐ物理』東京大学出版会、2019年。
よく見たら金子先生紡ぎストだった。
ジョー・グルディ & D. アーミテイジ著、平田雅博、細川道久訳『これが歴史だ! 21世紀の歴史学宣言』刀水書房、2017年。
帯文に「ふさぎ込むのは、まだ早い!本書を読んで元気を出そう!」とあるのだが、まさにその言葉通りの本だ。国際政治思想史が専門のアーミテイジが引っ張っている感じのある文章。アーミテイジは思想史が元来のその国際性ゆえにグローバルヒストリーの動きに乗り遅れていると危機感を募らせるが、そのような理解は例えば後にも登場するユルゲン・レンも述べているところで、マテリアルやマターの動きに注目するグロヒスが思想史とどう繋がるべきなのかを示すのは容易ではないのも確かだろう。だが不可能ではないし実り豊かだろう。数々の先行研究を紹介していくなかで、彼らの思う歴史学方法論が浮き彫りにされ、読了後には大いに賛成だという心持ちにしてくれる。
アブナー・グライフ著、岡崎哲二、神取道宏監訳『比較歴史制度分析』上・下巻、ちくま学芸文庫、2021年。
めでたくちくま学芸文庫入りして即購入した。
ユルゲン・トラバント著、村井則夫他監訳、梅田孝太、辻麻衣子訳『人文主義の言語思想:フンボルトの伝統』岩波書店、2020年。
繰り返しTwitterでも言及してきたし、論文を書く際にも参考にした。ヘルダーとフンボルトの言語思想に特に多くが割かれているが、痒い所に手が届く論述という感じで理解がしやすい。言語に関係する研究をしている人にも、言語に興味がある人にも広く勧められるべき。
ポーラ・フィンドレン著、伊藤博明、石井朗訳『自然の占有:ミュージアム、蒐集、そして初期近代イタリアの科学文化』ありな書房、2005年。
驚くべきことに2005年に初版が出てから第二版は出ていない。在庫がなくなり次第消えてしまうのかもしれないと思うと恐ろしい。これほどの大著が翻訳で読めなくなるとすればそれは損なことだ。確かに原書は1994年であり、すでに古典的な研究の部類に入るかもしれないが、おそらくスタンダードな研究にはなっているだろうから、興味ある人はさっさと購入したほうがいい。イタリア・ルネサンスの、特にウリッセ・アルドロヴァンディに光を当て、当時の博物学者たちの生きていた文化、彼らの構想、政治などを豊富な資料から描き出している。
マイケル・ニールセン著、高橋洋訳『オープンサイエンス革命』、紀伊國屋書店、2013年。
この本はそのうち読みたいと思いながら買わずにいたのだが、友人の濱田さんがYouTubeで紹介しているのを見て読むことに決めた本。ページをめくっているうちすぐに読み始めてよかったと思った。比較的平易な言葉で啓蒙書として書かれているが、不可欠な主張をこぼさず、説得力ある議論を読むことができる。内容に関してここで特に深く議論することはしないが、科学が今後どのような「自由」を制度として実現するのかを考えるためにも、多くの人に読まれて欲しい。
新居洋子著『イエズス会と普遍の帝国:在華宣教師による文明の翻訳』名古屋大学出版会、2017年。
秋草俊一郎著『「世界文学」はつくられる 1827-2020』東京大学出版会、2020年。
人並み以上にはゲーテを読んでいる身としては、世界文学をテーマにした書籍を読むことは必要不可欠でもある。方法論的にも「遠読」の一つの可能性でもあるだろうし、読書の社会学的な問題を解しているし、そうした作業は既に多くを読んでいることによってもなされうることが示されているように思う。一応文学研究者の端くれとして共感の多い本だった。
英訳されたものが2020年の全米図書賞を受賞して話題になった。今から考えると7年前に書かれた本。この本のテーマから言えば、3.11より3年後に書かれた本。この小説からは震災後3年という年月から漂ってくる空気がいまだに感じ取られる。完全にパックされている。震災後5年ほどの間、原発再稼働や安保法制改正などをめぐってデモは断続的に各地で行われて注目もされていたが、その後SEALDsのようなアイコンも消えていくに従って注目はあっという間に失われた。あの頃を思い出す。そして何十年も前の町やそこに生きていた人々、風景を思い出す。とても素晴らしい小説だった。
番外:年末に出会った本
ひと段落ついて、大掃除やらの合間に読んだ本のなかで一応触れておきたかった。
ケイリン・オコナー著、中西大輔訳『不平等の進化的起源』大月書店、2021年。
ジェームズ・C・スコット著、立木勝訳『反穀物の人類史』みすず書房、2019年。
この二冊はもっと早く読んでおきたかったという本だった。
いずれにせよ多くの人に勧められる。
外国語
Johann Joachim Becher: Politischer Diskurs.
1668年。詳細はおいおい論文で。出会えてよかった。
Johann Gottfried Herder: Ideen zur Philosophie der Geschichte der Menschheit.
おいおい論文で。
Immanuel Kant: Kritik der reinen Vernunft.
何度読んだか正確にはわからないが、どこから読んでも理解できるように感じている。もちろん第二批判や第三批判、その他のテクストも重要かつ愛着もあるのだが、第一批判さえちゃんと読むことができれば、私個人の経験からして、他のカントのテクストを読むのに苦労することはない。ただこれは例外的かもしれない。私は第二批判が分からないと感じたこともないし、仮に第二批判がわかりにくいとかじる場合にも、『世界市民』など他のテクストを参照すればわからないはずもないと考えている。とはいえ感覚は人によるのでとやかくいう必要はない。
Hans Blumenberg: Beschreibung des Menschen. Suhrkamp 2014.
Blumenbergの数ある著作のなかでも異色に思えるのは、この著作があくまで死後の編集から生まれたというのもあるかもしれない。彼が現象学、特に後期フッサールについて包括的に論じ、『近代の正統性』以来論じ続けている神と人間の関係についての「人間学的」考察が展開されている。この議論は今や真新しくないものも多い気がするが、それは時代が追いついたと思うべきだろう。
Martin Mulsow: Radikale Frühaufklärung in Deutschland, 1680-1720. Bd. 1-2. Göttingen 2018.
一部の研究者には必携なのだが、「広く」ではない。とにかく一読に値する。
Benjamin Schmidt: Inventing Exoticism. Geography, Globalism, and Europe's Early Modern World. Pennsylvania 2015.
主にオランダから見た中国や日本の地誌や製品をめぐるインテレクチュアルヒストリーなので翻訳されたら需要ありそう。めちゃめちゃ面白い。
Vera Keller: Knowledge and the Public Interest, 1575-1725. Cambridge 2015.
重要。それ以上の言葉はいらない。
Ursula Klein: Humboldts Preußen. Wissenschaft und Technik im Aufbruch. Darmstadt 2015.
書評も書きました。
Jürgen Renn: The Evolution of Knowledge. Rethinking Science for the Anthropocene. Princeton & Oxford 2020.
歴史叙述の方法論としてとても共感が多い本。同じことを考えていた人がいてとても安心したというところもある。グローバルヒストリーの一つの流れから生まれた知識の歴史のあり方を議論するとても重要な一冊。
Jason Potts: Innovation Commons. The Origin of Economic Growth. Oxford 2019.
長らく続く「大分岐」論争にジョエル・モキイアが示し、さらにその後の多くの経済史で考慮されるようになってきた資本についての見解を、さらに現代に至るまで徹底的に押し進めることで見えてくる科学と産業の関係についての本。とても素晴らしい。どこまで行けるのか楽しみなアイデアで満ちている。
洋書はコメントを多く書かなかった。研究と関係するからあまり多く言いたくない。今年はあまりにたくさんの素晴らしい本と出会えたのでここで紹介していないものもたくさんあるが、それらは論文とかそういう形で紹介していければいいと思っている。
以上。
よいお年を。来年もどうぞよろしく。