anti_optimized haunted processor

Germanistik, Philosophie(Aufklärung, Phänomenologie, Logik), Biologie, Musik und Kunst

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    系外より飛来している鏃型の小惑星の航跡の計算が終わり、高確率で月の軌道に入るとわかった晩、私は夢で死別した恋人と海際のコテージのベランダに立っていた。「脳はうつろいやすい熱源なのに自発活動がポアソン分布に従うなんて奇妙だ」。私たちは議論を続けた。酒が切れると彼女は小さな丸い氷の浮かべられた銀杯を持ってきた。氷の中央にはチタン製のカプセルが閉ざされている。「この中に私の霊が眠っている」そう言って彼女は暗褐色の液体を注ぎ入れた。飲み干すと私は眠気を感じた。「こと座α星の地球型惑星bの表面を巻く浜風がe>1の円錐曲線を描く。合わせ鏡となって」。彼女は目を閉じ、潮騒にうっとりしている。私は全身の分子が突然力を喪失してしまうのではないかと恐ろしくなった。私は妊娠したのを感じた。

 胸苦しさで目が覚めた時、夜明け前で体は冷え切っていた。何かがガラスを叩くので結露を拭き取ると窓に泥がかかっており、動物が駆けていく影が見えた。シカ、オスだった。立ち止まってこちらを振り返った様子で、威厳ある角を振りかざしていた。私は痺れた足に体重を預け、竹馬を操るように歩き出し、壁にかけてあった手斧を腰に差し、カメラを首にかけ外に出た。

 この地域に生息するシカは疑い深く滅多に人前に現れない。秋が深まると肥えて白銀のチューリングパターンを輝かせて崖を降りる姿が麓からも時折見えるが、大抵は角がない。オスが極端に少なく、ハーレムを形成して繁殖するがほとんどメスである。その角を求め乱獲があったため、保護対象となっている。

 冷え込んですっかりぬかるんだ森の土には新しい足跡が点々と続いていた。私は音を立てぬようにゆっくり辿っていった。息を殺し、仄暗い木立の間を縫うように進んだ。やがてひらけた岩場に出て、海に面した集落に紫炎が降りかかるのが見えた。そこで足跡は途絶えていた。腰を下ろしスキットルを咥えると、携帯電話が鳴って同僚から寄せられた計算結果に対するコメントが表示された。残念ながら計算を繰り返すと結果がその都度変わってしまう、原因を探っているとあった。

 黎明、刻一刻色彩は移ろう。しかし見上げていてるとその変化が静止する瞬間がある。そして私は突発的に崖から身を投げ出したくなる。価値のないことに時間を費やしてきた。計算に明け暮れている。だがアトラクターはまるで受精卵のように、私の視界で何重にも分裂してしまう。頭のなかで数式が遡行して変化する。まるで何かが神経回路に侵襲し、組み替え、記憶に干渉してくるようだった。

 私はまだ夢を見ている。胸の前にかかったロケットはあの日から外すことがなかった。暁の明星は約束だった。その点状の輝きも次第に七宝細工のように斑を描き出す。計算し直さなければならない。私は立ち上がり、急いで家に戻った。迷うことはなかった。私の足跡が残っているからだ。しかしいつの間にかシカの蹄跡は消えていた。森のなかにも徐々に光が戻って、鳥が一斉に囀り始めていた。

 コンピュータは動作が悪かった。この数日ぶっ続けで負荷を与え続けからだろうか。寿命かもしれないし、電流が安定しないのかもしれない。もし計算が正しければ、こうしている間にも小惑星は月に接近していることだろう。だが計算が間違っていれば、あるいはデータが誤っていれば、それは何も意味しない。偶然、それは真っ白だ。私は電源を落とした。ディスプレイは光を失い、鏡となった。映る顔にはノイズが重なり表情は何も分からなかった。

 枯葉を踏みしめる音が私を目覚めさせたのは夕暮れ時だった。再度シカがやってきた。デスクに突っ伏していた。キーボードが皮膚にめり込んでいた。慌てて起き上がって肘をぶつけ、絡まったコードに囚われていたHDを道連れにディスプレイが床に落ち、亀裂が入った。それどころではない。私はカメラと手斧を身につけ外へ飛び出した。

 森に入って足跡を辿っている間も闇は深くなる一方だった。それでもずっと先に幽かに大振りの角が白々と浮かび上がっているのがわかった。息を殺していた。神経が張り詰めていた。心音が聞こえ、私の耳に迫ってくる。シカの影が大きくなっていく。その背部に浮かぶ独特の斑型が鮮明になってくると、私はカメラを膝に据えながらも写真に撮ることを忘れていた。

 シカはまるで私を迎え入れるかのようにそこでじっと留まり、こちらを見つめていた。闇深くなった森に、月光がわずかに染み出している。シカの体はそれを映すように、小さな煌めきを纏っていた。角を時折振りかざし、何かに合図を送っているようだった。私はそこで心音が頭上から響くパルスであることに気づいた。寄り合う樹冠で空は見えない。

 シカは走り出した。私はカメラを落としたものの、とにかく走って追いかけた。そして今朝と同じように開けた岩場に飛び出し、シカはそのまま崖を降っていった。私は思わず頭を投げ出しで覗き込み、その行く末を追った。だが次の瞬間に見えたのは漆黒の天球に張ついた一枚の脈打つ膜だった。自分の身が宙に放たれていると理解したのはその膜が破れ、彼方から暗い刃が降りてきた時だった。

 計算結果には意味がなかった。私は気づいた、眼窩の奥が疼いた。抉り取られるようだ。降りてきた刃が私の額を貫いて掻き出している。摘出された胎児はまだ血も乾かぬうちに柔らかな翼に包まれ彼方へ昇っていく。黒々とした雫が震えている。私は骰子同然に大地へ投げられた。

 顔に熱い飛沫がかかり目が覚めた。ぼんやり私は岩礁に俯せていた。頭痛が酷い。またも大量の飛沫がかかった。彼女が私に跨っていて、目の前で双極線型の性器が痙攣していた。真昼で空は青かった。流星の軌跡は曖昧で、眼が沁みた。この岩礁には何一つ霊あるものはない。起き上がり、がたがた笑い続ける恋人を抱きしめた。私も、糸が捩れ切れるまで笑うしかなかった。全てが終わった。残されたのは永遠だ。

 

カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(Caspar David Friedrich) - 手書き油絵 複製画 - ロマン主義 - 大型カスタム絵画 -  北の風景春