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Germanistik, Philosophie(Aufklärung, Phänomenologie, Logik), Biologie, Musik und Kunst

斑ら織の声

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こんなことをしていては、こんなところにいては、こんな時には、という、知らず知らずに口をついてでる紋切り型が、自分を、心を、如何ともし難いほどに、冷えたまま強張った膝のようにしてしまう。そうであっても言葉が溢れてくるのに任せるべきであろうか、そうすれば、そんな紋切り型を忘れることもできるだろうか。

白蟻を探る釣り針状の指、木々の空を弄る指、そんな獣の指が私の咽喉を探り、弄り、そこにどんな言葉が這いまわっているのか、私もまだ知らない。肺を圧迫したり緩めたり、活発に捩れている横隔膜、そして軋み続ける肋骨と背骨。私自身、この身体がここに置かれてあることを、あなたは知っているのかを私は知らない。あなたは、その輝く瞳ですら、曇りない鏡ではないから、私は身体を忘れる。そして声が、再び閉ざされた筋膜の向こうで萎んでいく。

密林よりも湿度の高い場所で、そうやって種子は腐っていく。育てる術がない、額に差し込む光はない。私は未だ来ぬ光のまま、そこに宿っている。私はあなたの、臍の下に宿ったまま、忘れ去られていく。

そして私は、通り過ぎていく数々の亡霊の影が残していったものを、火傷痣のように見つけることになる。腫脹したり爛れたり、滲んだり、私の知らない間に、私残されているそういった痕は、生まれる前に、あまりに強烈な光をー強烈な、死、栄光、それとも陰惨な文明を、あなたが見出してしまったからだろう。そんな迷信をあなたは信じないけれども、そうやって、私は未だ世界に来ることがないまま、世界は予め痛みでしかないものとして、つまり避けるべきものとして、つまり、私を受け入れないものとして、そして私は触れることがないまま、つまり、私が私であると知ることもないまま、激しい騒音にかき消されてしまう、それが私自身の産声であることを知らなまま。

それから私がまともに言葉を発することはないまま、何十年も過ぎて、私自身がいくつもの亡者とともに歩んできたことを、気づかないわけにはいかない。

そして私に残されたのはただの孤独。

夕暮れに浮かぶ青白い月、それが幼い頃、私の初めて出逢った鏡だった。それからというもの、夜が明けたら、交雑する獣たちの匂いが懐かしくなったかのように、私は縄をもって、いくつものゴツゴツした言葉を引き摺り森へ入った。

どうして人は言葉を持っているのだろうか。どうして私の喉は震えないのだろうか。涙は出たところで、それがナイルの鰐の流す涙と何が違うのだろう、それともそれは、断崖に打ち付ける海嘯と何が違うのだろう。そうしてきっと椰子のように黒々と輝く睫毛は飲み込まれることになる。私はその気になれば、鏡になることもできたかもしれない、あなたの? それとも、あなた以外に誰がいるだろう。

この声をあなたにあげる、と言いたい。けれども、私には声がない。
その代わり、私が盗んできた、この斑ら織の声をあげる。
神々に捧げられた交接と死が、そして笑いが、そこに美しく凝り固まっている。

仄暗い日々に

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雨が降ったり止んだりを繰り返し、時間が過ぎていくのを数えている。一粒が可能な地平面と音域を累乗し、歪ませるほど空間は綺麗に色合いを変えていく。思い出がそこに溶け始め、みたことのない夢が若き日々を侵食し始める。気づけば夕闇に蹲る小さな家の片隅で、テレビをいつまでもみていたことに気づく。見飽きたタレントたちが歌ったり笑ったり、着飾ってクイズに答えたりする。そうしたファッション・アイコンを皆殺しにするため、オレンジを切り開くようにナイフで指を一本ずつ切開していた。血がゆっくり溢れ出し、意外なほどすぐに冷えてしまって、黒々と床に溜まり始める。光がなければ、血もまた色を失う。

梅雨には頭と身体の繊維があちこち痛み出す。これといって疾患があるわけでもないのに、自分の体が自分のものではなくなっていく。蒸し暑い上遅延してくるバスに乗っているのがあまりに苦痛で自転車に変えるものの、自転車で火照った体は満員電車を耐え切れるはずもなく、あっという間に落伍していく。学校に行くことすらできない。そうして毎日を無為に過ごしているわけにもいかないから、溺れていく、息ができないほど、嵌まり込んでいく、より暗いところへ。埃ひとつ立つことのない、全てが動きを止める場所で、私の心臓すらも感じられないほど長い感覚で拍動する。さようなら、明後日、さようなら、17歳。

10代はアルカリに浸されたアルミニウムのように、低いところを跳ね回って、あっという間に泡立ち消えていく。本を読もうが、映画を見ようが、じっとしているのが苦痛で、食いしばりながら貧乏ゆすりで気を紛らわせる。黒い傘さして私は外へ歩きに出て、どこにいくこともできないから、車が忙しなくかけていく傍を、狭い県道をどこまでも進んでいく。川に突き当たれば水鳥が馬鹿みたいにはしゃいでいて、川縁に服を干していた浮浪者が橋桁に突っ立って、言いようもない視線を遠くに向けている。橋の中央に立って、私は傘を放ってしまおうかと考えた。傘を放って、一緒に私は飛んでいく。その時、低気圧へ吹き込んでいく濃緑の風が傘をさらっていった。そして、その瞬間に私も消えていた。歳を取り過ぎた桜並木にいよいよチェーンソーが食い込んでいるところだった。木屑が舞って、ソメイヨシノはめりめり倒れていく。

夢はいつまでも続いている。私はもう見ることがない。

円蓋へと熱い蒸気が吹き出し、あたりに充満している。

廃墟となったモールもホテルも捨て子の霊で満ちている。

幼生のまま蝉は木の幹で窒息する。

夏は不吉な地鳴りとともに去っていった。

誰も知らない悲哀は硬い殻をなし、満月の海を白々と漂う。

 

彼らはあっという間に死んでいく。27歳で死んで、21歳で死んで、40代にも死んで、歌声だけを残して死んでいく。

そう、20代もすぐ消える。硝酸やアンモニアの臭いを残し、暗く曇った空のもとで、虚しさに勝つことなどできないまま。食べられていく。消化され、流されて、まだ刺青だらけの臍の緒もつながったままなのに。

仄暗い日々に大きな藁半紙に迷路を描き続けて、誰もそこを辿ることもないまま、引き出しに仕舞い込んでしまう。片隅に転がっていた橄欖石、私はそれを覗き込む。葉緑の澄んだ輝きが、幾重もの反射に包み上げて隠しているのは、静かに佇む小さな社だった。社の奥で眠り続ける蚯蚓腫れだらけの片腕を抱いて眠ることにした。

音楽は止まない。鉄は熱く響き続けている。

橄欖石は光が失われてもなお輝いている。

血はゆっくり布団を浸して、硬質の葉は繁ってゆく。

私は心地よく息を吐き出した。

 

 

みずうみ

連なる、薄墨の山襞を、繋げられてある、珠の光が流れていく、
熱に包まれ葉は影に染まり、小波をうけた貝のように唸りをあげる風を抱きこむ、
小さき、卑しめられた木々はより集まり、絶えることなく、吹き返す、

人々の住う野が延びてゆく彼方へ炬火は消えてゆく、嘲笑うかのように、
霞む空を燕が翔る、木々はうちしずむ農夫の首のように傾げている。

その瞬間、環状線の陸橋に人殺しが身を潜め、聞くに耐えない声が、
響く、響く、耳を殴り、硝子を震わせ、夜の帳は引き裂かれる、
そうして紫丹の絹の漂う宙空に、ゆったり二つの大きな眼が開く、

それは恐ろしく残忍な眼差しを、なお騒がしい墓標へ向け、
萎れていく、一日の時間に、途方もない一滴の涙を落とす。

ここ、彼ら、移住者たちの立つ場所に、無数の靴が埋葬されている、無数の
虫螻が吹き返している、聖なる腐敗はいち早く天へ昇り、輝きはじめ、
星々は道化て、耳を掠める蜂のように、脅す、突き刺し、かき乱す。

惑乱された水面、蜘蛛の巣のように艶やかで、私はゆったり小舟を進める、
やがて光は一つ残らず煙となって、私の額を覆う、冷たく、獣の爪のように。

 

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